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【条文原文】
(活用事業者の責務)
第七条 人工知能関連技術を活用した製品又はサービスの開発又は提供をしようとする者その他の人工知能関連技術を事業活動において活用しようとする者(以下「活用事業者」という。)は、基本理念にのっとり、自ら積極的な人工知能関連技術の活用により事業活動の効率化及び高度化並びに新産業の創出に努めるとともに、第四条の規定に基づき国が実施する施策及び第五条の規定に基づき地方公共団体が実施する施策に協力しなければならない。
【概要】
本条は、人工知能関連技術を自らの事業活動に活用する民間事業者(いわゆる「活用事業者」)に対して、その責務を明確にしたものである。具体的には、①基本理念に沿った自律的な技術活用の努力義務と、②国および地方公共団体が実施する施策への協力義務の二点を定めている。これにより、政府のAI政策と民間活動との有機的な連携を制度的に担保しようとする趣旨が読み取れる。
【解説】
一 法体系における本条の位置付け
本条は第一章「総則」に含まれる条文であり、国家・地方公共団体・研究機関・国民といった各主体の「責務」を明確化する条項群(第4条から第8条)に連なる一条である。中でも本条は、AI活用の担い手である事業者に焦点を当て、研究開発機関を対象とする第6条と対を成す構造になっている。
この構造により、AI技術の「つくる側」(研究開発機関)と「使う側」(活用事業者)を制度的に明示し、それぞれに役割と責任を課すことで、法律全体の実効性を高めている。
また、第9条「連携の強化」が、これら主体間の協働体制の重要性を示しているという関係にもある。
二 「活用事業者」の範囲
本条における「活用事業者」とは、次の2類型を含むとされる。
- AI技術を用いた製品やサービスを開発・提供しようとする者
- 事業活動の一環としてAI技術を活用しようとする者
すなわち、AIを「主たる製品」とするスタートアップから、AIを業務改善に用いる大企業・中小企業まで、事業の規模や業種を問わず広範に対象とする概念である。例えば、AIによる画像認識を導入する建設業、チャットボットを使う小売業などもこれに該当する。
法の対象が、AIサービスを提供する事業者に限られず、「AIを使う全ての事業者」に広く及ぶという点に注意が必要である。
三 基本理念との接続
本条は、冒頭に「基本理念にのっとり」と明示することで、第3条に定める5つの理念と明確に接続されている。特に以下の理念が活用事業者の実務と強く関連する。
これらを踏まえ、活用事業者には単なる業務効率化の追求にとどまらず、適正な運用、国際標準との整合、そして社会的信頼の構築まで含めた「高度な自己規律」が求められていることになる。
四 「努める」と「協力しなければならない」の違い
本条には、二つの異なる義務レベルが併存している。
- 「努める」:自律的努力義務。努力目標に留まり、違反に対する法的制裁は予定されない。
- 「協力しなければならない」:準強制的な協力義務。法的強制力はないものの、実質的に「期待される行動」としての重みがある。
ここで重要なのは、「施策に協力しなければならない」という文言が、他の条文(第4条・第5条)での国・地方の施策と結びついており、政府によるAI戦略の実装段階で事業者の役割を位置づけている点である。
たとえば、人工知能基本計画(第18条)に基づく具体施策の中で、企業のデータ提供、実証実験への参画、人材育成プログラムへの協力等が要請される場合、本条がその法的根拠となるという関係にある。
五 企業法務における実務的影響
本条が企業法務に及ぼす影響は、今後の実務において多面的に現れると予想される。以下にその主な論点を整理する。
(一)コンプライアンス体制との関係
「基本理念にのっとり」という規定は、AIの開発や利用にあたって、企業自身が一定の倫理的・社会的責任を負うことを意味している。これは単なる理念規定にとどまらず、企業の内部統制・リスクマネジメントの構築にも影響を及ぼしうる。
とりわけ、第3条第4項において、AIの不適切利用が「犯罪への利用」「個人情報漏えい」「著作権侵害」などのリスクを高めるとされている点から、これらリスクの予防措置を講じる体制整備が、法的・社会的に求められることになる。
そのため、AIを活用する企業は、既存の情報セキュリティ・プライバシーポリシー・知財ガイドライン等の見直しを検討すべきである。
(二)公共政策との接点とガバナンス
国や自治体が実施するAI関連施策への「協力義務」は、形式的には努力義務であるが、実態としては政策のパートナーとしての積極的な参画が求められる。たとえば以下のようなケースが想定される。
- AI人材育成プログラムに企業が講師や研修の場を提供
- 政府主導のAIガイドライン策定に対して業界団体として意見提出
- 国際的なAIルール策定に向けた企業アンケートへの対応
こうした「共創型行政」への参画を求められる場面が増えるため、企業法務担当者は、公共政策担当部署(官公庁対応部門など)と密な連携をとる必要がある。
(三)情報提供義務や技術開示の可能性
今後、政府による指針整備(第13条)や実態調査(第16条)等が進む中で、企業に対してAI技術の仕様、学習データの出所、バイアスの有無などについて説明責任を果たすことが求められる可能性がある。
これに関連して、政府や自治体が実証実験を行う際には、企業が保有するデータや技術の一部開示を要請されるケースも出てくると考えられる。
このような事態に備え、機密保持・契約管理・説明責任の明確化など、企業の情報管理体制を再構築する必要がある。
(四)競争政策・産業政策との連関
AI関連施策は、第二章の第12条に見られるように、施設やデータセットの共用の促進を掲げている。これに協力することは、本条の趣旨にも合致する。その一方で、競争優位性の源泉であるデータやアルゴリズムの取り扱いに対する慎重な判断も求められる。
企業法務としては、公正取引委員会の動向や競争法リスクと照らしながら、政府施策への協力範囲を適切に設定するバランス感覚が求められる。
【まとめ】
第7条は、AI推進法における「民間事業者の責務」を定めた重要な条文である。今後の企業にとっても、最も実務的影響が大きい。
本条は以下のような意味を持つ。
- 民間事業者に対し、単なる技術導入にとどまらず、社会的責任を伴う積極的活用を要請している
- 政府・自治体施策との協力を通じ、公共政策との接点が広がることを想定している
- 法的強制力は薄いが、実務における規範性と指針としての機能が極めて高い
したがって、企業法務担当者は、本条を単なる理念規定として軽視せず、AI活用に関する社内方針・契約管理・リスク評価・官庁対応等のあらゆる局面において、戦略的に読み込む必要がある。
本条は「AI活用の法的コンパス」として、企業の行動規範に位置づけるべき中核的条文である。
慶應義塾大学大学院博士課程を経て、大学の常勤研究員として「法律エキスパートシステム」(旧世代AIによる法的推論支援)の研究に従事。その後、国会議員の政策担当秘書として、制度設計や立法の実務に携わる。現在は、公共政策の知見を活かした予防法務サービスを展開している。
著書:『10分でサクッとわかるAI推進法』