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条文原文
(資料の提出その他の協力)
第二十五条 本部は、その所掌事務を遂行するため必要があると認めるときは、関係行政機関、地方公共団体、独立行政法人(独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)第二条第一項に規定する独立行政法人をいう。)及び地方独立行政法人(地方独立行政法人法(平成十五年法律第百十八号)第二条第一項に規定する地方独立行政法人をいう。)の長並びに特殊法人(法律により直接に設立された法人又は特別の法律により特別の設立行為をもって設立された法人であって、総務省設置法(平成十一年法律第九十一号)第四条第一項第八号の規定の適用を受けるものをいう。)の代表者に対して、資料の提出、意見の表明、説明その他必要な協力を求めることができる。
2 本部は、その所掌事務を遂行するために特に必要があると認めるときは、前項に規定する者以外の者に対しても、必要な協力を依頼することができる。
概要
第25条は、人工知能戦略本部(以下「本部」という。)が所掌事務を遂行するにあたり、必要な情報や意見を収集するために、行政機関や各種法人、さらには民間主体に対して協力を求める権限を定める規定である。本部は、AI基本計画(第18条)やAI推進施策の総合調整(第20条)を担う機関であるが、その実効性は、広範な主体からの情報・知見の収集なくしては確保できない。そのため本条は、協力要請の法的根拠を与えることにより、本部の調整機能を制度的に裏付けている。
解説
一 本条の位置づけ
第25条は、第19条以下に規定された「人工知能戦略本部」の組織及び権限の一環として位置づけられる。すなわち、第20条が「所掌事務」を規定し、第21条から第24条で「組織構成」が定められているのに対し、本条は「実務遂行のための協力要請権限」を規定している。本部が担う調整・企画機能を、実効性あるものとするための手続的規定である。
二 協力を求める対象範囲
第一項においては、以下の主体が列挙されている。
(一)関係行政機関
(二)地方公共団体
(三)独立行政法人及び地方独立行政法人
(四)特殊法人
これらはいずれも公的機能を担う主体であり、AI政策の実施に直接または間接に関与することが想定される。特に独立行政法人や特殊法人は、研究開発や社会実装に関する情報を有することが多く、本部の政策形成に不可欠である。
さらに第二項では「前項に規定する者以外の者」にも必要な協力を依頼できる旨が規定されている。これにより、民間事業者、業界団体、学識経験者なども対象に含まれ、AIの多様な利害関係者から知見を吸い上げることが可能となる。すなわち本条は、実質的には官民問わず幅広い協力要請権限を本部に付与するものである。
三 他条文との関連
- 第20条(所掌事務)との関係
本条に基づく協力要請は、第20条に定める「AI基本計画の案の作成及び実施の推進」や「施策の総合調整」を実現するために不可欠である。政策立案はエビデンスと多様な利害調整に基づいて行う必要があるため、本条がその基盤を形成する。 - 第16条(調査研究等)との関係
第16条は国による調査研究の責務を規定しているが、その実行に際しては本条に基づき関係主体から情報提供を受けることが想定される。両条は実務上連動して機能すると理解できる。 - 第13条(適正性の確保)との関係
AI活用の透明性やリスク管理に関する指針策定に際しても、関係機関や事業者の意見聴取が不可欠である。本条の協力要請権限は、こうした規範形成の正当性を高める仕組みとも位置づけられる。
四 企業法務実務への影響
企業にとって本条の実務的意義は大きい。直接の義務規定ではないが、次のような影響が考えられる。
(一)協力要請の可能性
AI関連サービスを展開する企業は、本部から情報提供や意見聴取を依頼されることがあり得る。これは法的強制ではなく「協力依頼」であるが、政策形成過程に関与する機会を意味し、レピュテーション戦略上も応じることが望ましい。
(二)情報提供の準備
提供を求められる情報は、AI活用事例、リスク対応状況、研究開発の進捗などが想定される。企業は、こうした情報を体系的に整理しておくことで、依頼への迅速対応が可能となり、政府との関係強化にもつながる。
(三)規制形成への関与
本条に基づく協力の場は、実質的には規制形成やガイドライン策定への参加の機会ともなり得る。企業法務部門は、依頼に単なる情報提供として対応するのではなく、自社の立場や業界全体の状況を踏まえた戦略的発言を行うべきである。
(四)コンプライアンス上の留意点
提供情報の内容は、営業秘密や個人情報を含む場合がある。そのため、法務部は秘密保持契約の締結や情報の匿名化など、コンプライアンス措置を事前に整備しておく必要がある。
五 制度的性質
本条は「協力を求めることができる」と規定しており、強制力を伴うものではない。したがって応じなかった場合の直接的制裁は予定されていない。しかし、政策形成における信頼関係や今後の行政対応を考慮すると、事実上は重要な要請となり得る。行政実務上も、協力拒否が常態化すれば、法改正による強制調査権付与の議論に発展する可能性もある。
まとめ
第25条は、本部がAI政策を総合的に推進するために必要な情報や意見を収集する法的基盤を与えるものである。対象は行政機関や公的法人に限らず、民間事業者等も含まれ、事実上、官民を横断した協力要請の制度を構成している。他の条文、とりわけ第20条の所掌事務、第16条の調査研究、第13条の適正性確保と密接に関連し、本部の政策形成を支える。企業にとっては、法的強制力はないものの、協力要請に応じることはレピュテーション形成や政策参加の好機であり、同時に情報提供に伴う法的リスク管理も必要となる。本条は、AI政策の「オープンな調整プロセス」を制度化する規定であると評価できる。
慶應義塾大学大学院博士課程を経て、大学の常勤研究員として「法律エキスパートシステム」(旧世代AIによる法的推論支援)の研究に従事。その後、国会議員の政策担当秘書として、制度設計や立法の実務に携わる。現在は、公共政策の知見を活かした予防法務サービスを展開している。
著書:『10分でサクッとわかるAI推進法』