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【条文原文】
(施設及び設備等の整備及び共用の促進)
第十二条 国は、人工知能関連技術の研究開発及び活用に当たって必要となる大規模な情報処理、情報通信、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)の保管等に係る施設及び設備並びにデータセット(特定の目的をもって収集した情報の集合物をいう。)その他の知的基盤(科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律第二十四条の四に規定する知的基盤をいう。以下この条において同じ。)を研究開発機関及び活用事業者が広く利用できるようにするため、これらの施設及び設備並びに知的基盤の整備及び共用の促進のために必要な施策を講ずるものとする。
【概要】
第12条は、AI関連施策の実効性を担保するための「物理的・情報的インフラの整備」に関する条文である。AIの研究開発及び活用には、高度な計算資源や大規模データ、セキュアな記録媒体、共有可能な設備や基盤が不可欠であることから、国がこれらを整備し、広く共用できる体制を構築する責務を明示している。
本条は、第11条の研究開発推進の具体化、第14条の人材活用、第16条の調査研究、第17条の国際協力といった条項と密接に関係する。すなわち、本条はAI推進法における「ハードとデータの土台」を担う重要条文である。
【解説】
一 本条の意義と全体構造における位置づけ
人工知能技術の研究開発と社会実装の前提には、高度な情報処理能力、大容量データ、セキュアな記録保管、そして知識基盤の整備が欠かせない。本条は、これらを「施設及び設備」「電磁的記録の保管」「データセット」「知的基盤」として具体的に列挙し、国がそれらの整備と共用の促進を行うことを明文化した。
このように、研究開発に必要な「手段の整備」が法的に位置づけられることにより、単なる資金提供だけでなく、研究開発の下支えとなる国家的基盤の形成が制度的に保証される。
本条の目的は、研究開発機関および活用事業者が、それぞれの立場で安心して開発・応用に取り組める共通土台を築くことであり、第11条で定めた一貫した研究開発体制の「物的裏付け」に該当する。
二 対象となる施設・設備・基盤の範囲
本条が対象とするインフラは、以下の要素に分類できる:
(一)情報処理・通信施設
スーパーコンピュータ、クラウドコンピューティング基盤、ネットワークインフラ等。とりわけ、生成AIのような大規模モデルの訓練には、GPUクラスタ等の専用ハードウェアが不可欠である。
(二)電磁的記録の保管設備
研究データの保存、アクセス、改ざん防止、アクセス制御などが求められる。とりわけ個人情報やセンシティブデータを含む場合、セキュリティ設計が肝要であり、第13条の「適正性の確保」との接続が重要となる。
(三)データセット
本条では「特定の目的をもって収集した情報の集合物」と定義されており、AIの訓練や評価に不可欠な基礎資源である。ここには自然言語、画像、動画、センサーデータ等が含まれ、著作権や個人情報保護との関係で法的配慮が必要となる。
(四)知的基盤
本条においては、科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律第24条の4に準拠して定義されており、標準化、技術文献、法制度資料などのナレッジインフラをも含む。いわばソフトなインフラであり、人材育成や政策設計の基盤ともなり得る。
三 共用の促進の意義
「整備」だけでなく「共用の促進」が明記されている点に、本条の特色がある。これは、施設やデータを特定の機関に閉じず、研究開発機関や活用事業者が「広く利用できる」ようにすることを目指す。オープンサイエンス、オープンデータ、共通プラットフォームの形成が想定されている。
とりわけ中小企業やスタートアップにとっては、高度な施設やデータにアクセスできるか否かが、AI事業への参入可否を左右するため、平等なアクセス確保は競争環境の整備という点でも重要である。
四 他条文との関係性
(一)第11条との関係
研究開発の実施主体や内容を定める第11条に対し、本条はそれを支えるインフラ整備を担う。両条は対をなす。
(二)第14条との関係
人材の養成・確保を定めた第14条にとって、学習環境・実験設備・データアクセスの整備は不可欠であり、本条の施策は人的資源戦略の基礎ともなる。
(三)第16条との関係
本条に基づき整備されるデータ基盤は、第16条に定める調査研究や不適切な活用事例の分析にも活用されうる。データの蓄積と解析によって、政策の質を高める循環構造が形成される。
(四)第17条との関係
施設・データ基盤は国際連携の土台ともなる。共通仕様の構築、相互運用性の確保は、国際協力の前提条件であり、本条のインフラ整備は国際標準化戦略にも直結する。
五 企業法務実務への示唆
本条が示す整備・共用施策は、企業にとって次のような実務的影響をもたらす:
- 公的施設やデータへのアクセス制度の整備が進むことで、AI開発コストの低減や研究スピードの向上が期待される。
- 一方で、共有資源の利用に際しては、知的財産や秘密保持の取り扱い、データ利用条件などに関する規約や契約の設計が重要となる。
- 本条に基づき国が構築する共用基盤への接続要件(技術仕様やセキュリティ条件など)への対応も求められる可能性がある。
- 本条の施策を根拠に、競合他社による独占的な資源囲い込みに対して政策的介入が行われる余地があるため、公平な競争環境に関心を持つ法務部門にとって注視すべきである。
【まとめ】
第12条は、AI時代における「研究開発の土台」を法的に整備する規定であり、高度な施設、記録保管、データセット、知的基盤の整備と、それらの共用促進を国の責務として明確化している。
本条は、AI推進法の実効性を左右する基盤条項の一つであり、他の多くの条文と有機的に連携しながら、国家戦略の下でのAI研究開発と社会実装を支えている。企業法務においては、インフラ政策の方向性とそれに基づく制度設計に目配りしつつ、契約や知財、競争法的観点を含めた実務対応が求められるであろう。
慶應義塾大学大学院博士課程を経て、大学の常勤研究員として「法律エキスパートシステム」(旧世代AIによる法的推論支援)の研究に従事。その後、国会議員の政策担当秘書として、制度設計や立法の実務に携わる。現在は、公共政策の知見を活かした予防法務サービスを展開している。
著書:『10分でサクッとわかるAI推進法』