【条文原文】
(適正性の確保)
第十三条 国は、人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正な実施を図るため、国際的な規範の趣旨に即した指針の整備その他の必要な施策を講ずるものとする。
【概要】
第13条は、人工知能関連技術の研究開発および活用が「適正に」行われることを担保するための施策を、国の責務として定めた条文である。本条は、AI技術の有用性のみを追求するのではなく、そのリスクや社会的影響を十分に考慮した形での運用を求める趣旨を有する。
本条の中心には、倫理・法・社会的課題(いわゆるELSI)への配慮があると解され、同時に、国際的な合意形成や規範づくりとの整合性を重視する姿勢が示されている。AIをめぐる規制は急速にグローバル化しており、本条は国内法制と国際的動向との接続点として、極めて重要な位置を占める。
【解説】
一 本条の趣旨と背景
人工知能関連技術は、行政、産業、医療、教育などあらゆる分野で利活用が進む一方で、差別の助長、プライバシー侵害、偽情報の拡散、労働代替による社会的影響など、多様な懸念も指摘されている。
第3条第4項では、これらのリスクに関する基本理念がすでに示されており、本条はその理念を制度設計として具体化したものである。すなわち、技術の利用に伴う「望ましくない事態」を予防・是正する枠組みとして、指針の整備などの手段を法定化したものである。
また、AI倫理や人権尊重の必要性については、OECDやG7、EUにおいても国際的な合意が進んでおり、本条が「国際的な規範の趣旨に即した」との文言を用いる点は、国際協調を前提とした規制・ガバナンスモデルを明確に打ち出している。
二 適正性とは何を意味するか
本条における「適正な実施」は、単に法令遵守のみを意味するものではなく、倫理的、社会的、制度的観点を含めた総合的な正当性を意味すると解される。例えば、以下のような観点が含まれると考えられる:
- 利用目的の正当性(差別や監視への悪用の排除)
- 透明性と説明責任(AIによる意思決定の過程が可視化されているか)
- 利害関係者への配慮(ユーザーや市民への情報提供・苦情対応)
- 技術の信頼性と安全性(誤動作やハルシネーションへの備え)
これらは、企業にとっても事業活動上のリスクマネジメントに直結するため、本条の意義は単なる国の方針ではなく、事実上のガイドライン遵守義務に近い意味を持ちうる。
三 「国際的な規範の趣旨に即した」とは
本条が特徴的なのは、「国際的な規範の趣旨に即した」指針整備を明示している点である。これにより、日本独自の閉じた倫理規範ではなく、OECDのAI原則、EUのAI法(AI Act)、G7広島AIプロセスなど、既存または今後想定される国際的ガイドラインを参照して国内施策が設計されることが求められる。
この点は、第17条の「国際協力」条項とも有機的に結びついており、国際標準化活動への参画と、国内規範整備との整合を図ることが期待されている。
また、この国際的整合性は、企業にとっては越境データ利活用、国際取引、輸出管理、外国企業との連携などの局面において、事実上の準拠ルールとして機能する可能性が高い。
四 他条文との関係
(一)第3条第4項との関係
本条の直接的な根拠は、基本理念である第3条第4項にある。ここでは、AIの不適切な利用が権利侵害を招く可能性があるとして、その透明性の確保や適正な実施の必要性が指摘されている。したがって、本条はこの基本理念の実現手段であり、基本法の思想と制度の接続点である。
(二)第11条・第12条との関係
第11条は研究開発そのものを推進する趣旨の条項であり、第12条はインフラ整備に関する規定である。これらの技術推進的条項に対し、本条はその「歯止め」的機能を担っている。すなわち、推進と規律のバランスをとる制度設計の一端を担う。
(三)第16条との関係
本条に基づく指針は、現実の問題事例に即して改訂される必要がある。そのため、実務運用上は、第16条の「調査研究等」による事例分析とセットで機能することが想定される。国は、本条による指針策定と第16条による事後的検証を循環的に行うことになる。
五 企業法務における実務的示唆
企業の立場から見ると、本条により国が定める指針の内容は、事実上のコンプライアンス基準となることが想定される。以下のような実務的影響が考えられる:
- 指針違反があった場合、企業の説明責任や社会的信頼に大きな影響が生じうる
- 公的資金や制度融資の利用条件に、指針遵守が組み込まれる可能性がある
- 業界団体等による自主ルールの策定も促進されると予想される
- 利用者に対する説明義務や開示義務、インパクト評価制度などが制度化される可能性がある
また、今後AI関連の事故や被害が発生した場合、本条に基づく指針が法的リスク判断の基準として参照される場面も想定されるため、企業法務部門としてはその内容を精査し、自社の行動原則や内部規程と整合させておくことが重要となる。
【まとめ】
第13条は、人工知能技術の利活用が進む中で、その負の側面にも正面から向き合い、適正性の担保を国家としての責務とする点で、AI推進法の中核をなす条文の一つである。単なる技術促進にとどまらず、倫理的・法的・社会的な観点からの整合性を意識した制度運営を求める本条は、今後のAI政策の方向性を左右する規範的意義を持つ。
企業実務においては、本条に基づいて定められる指針が、コンプライアンス、契約、リスクマネジメント、CSRなど多岐にわたる分野に影響を及ぼすため、継続的なウォッチと対応が求められる。特に国際的事業展開を行う企業にとっては、本条の国際整合的性格に十分な注意が必要である。
慶應義塾大学大学院博士課程を経て、大学の常勤研究員として「法律エキスパートシステム」(旧世代AIによる法的推論支援)の研究に従事。その後、国会議員の政策担当秘書として、制度設計や立法の実務に携わる。現在は、公共政策の知見を活かした予防法務サービスを展開している。
著書:『10分でサクッとわかるAI推進法』